相続放棄の申述が受理された後、これを撤回することはできません。
しかし、詐欺や強迫によって、あるいは十分な判断能力がない状態(未成年者や成年被後見人等)で相続放棄をしてしまったような場合は、相続放棄を取消すことが認められています。
相続放棄の取消権は、成年後見人等が追認をすることができる時から6か月間行使しないときは、時効によって消滅します。また、相続の承認又は放棄の時から10年を経過したときも、時効によって取消権が消滅します。
1.相続放棄の取消しとは
相続放棄の取消しとは、相続放棄の申述が受理された後に、これを取消すことをいいます。
2.相続放棄の撤回はできない
相続の承認及び放棄は、3か月の熟慮期間内でも、一旦承認又は放棄をした以上、撤回することができません(民法919条1項)。
これは、一旦相続を承認したり、放棄した場合に、後からその撤回を認めると、法的安定性を著しく害することになるためです。
例えば、相続放棄がなされたことを前提に、相続放棄をした方以外の相続人が遺産分割協議を成立させたとします。それにもかかわらず、後から相続放棄を撤回されると、遺産分割協議を再度やり直す必要が生じてしまいます。したがって、相続放棄の撤回は認められていません。
撤回と取消しの違い
撤回と取消しの違いは、次のとおりです。
撤回は一旦有効に成立した法律行為について、将来に向かってその効力を失わせるものです。一方、取消しは、そもそも瑕疵のある行為について、はじめに遡ってその効力を失わせるものです。
3.相続放棄の取消し
もっとも、相続放棄の撤回はできないとしても、詐欺や強迫によって、あるいは十分な判断能力がない状態で放棄をしてしまったような場合は、相続放棄を取消すことが認められています。
民法は、「第一編(総則)及び前編(親族)の規定により相続の承認又は放棄の取消しをすることを妨げない」(民法919条2項)と規定しています。そこで、次のような場合には、相続放棄を取消すことができます。
①未成年者が法定代理人(親権者等)の同意を得ないで単独でした場合
未成年者は、原則として、単独で有効な法律行為を行うことができません。したがって、未成年者が単独で相続放棄を行った場合、法定代理人(親権者等)がこれを取消すことができます。
②成年被後見人が自ら放棄した場合
成年被後見人は、常に判断能力を欠く状態にあるため、日常生活に関する行為を除いて、単独で有効な法律行為を行うことができません。したがって、成年被後見人が自ら相続放棄を行なった場合、法定代理人(成年後見人)はこれを取消すことができます。
③被保佐人が保佐人の同意を得ないでした場合
被保佐人は、判断能力が著しく不十分な状態であるため、一定の重要な法律行為を有効に行うためには、保佐人の同意が必要です。相続放棄は重要な法律行為に該当するため、被保佐人が保佐人の同意を得ないで相続放棄を行った場合、保佐人は、これを取消すことができます。
④詐欺又は強迫によってなされた場合
詐欺
詐欺によって相続放棄をした場合、これを取消すことができます。
詐欺とは、例えば、遺産を管理していた相続人から、被相続人には財産がなく、借金があるため相続放棄をするよう促され、それを信じて相続放棄をしたような場合です。
強迫
強迫によって相続放棄をした場合、これを取消すことができます。
強迫とは、例えば他の相続人や利害関係人などから相続放棄をするよう強要され、書類にハンコを押してしまったような場合です。
⑤後見監督人がいるにもかかわらず、後見人がその同意を得ずに被後見人を代理して申述した場合
後見監督人とは、後見人の事務が適切に行われているか等を監督する方です。
後見監督人が選任されている場合、後見人が被後見人に代わって相続放棄をするときは、後見監督人の同意が必要とされています(民法864条)。後見監督人の同意を得ずに後見人が被後見人に代わって相続放棄を申述した場合、これを取消すことができます。
⑥後見監督人がいるにもかかわらず、未成年後見人がその同意を得ずに未成年被後見人を代理して申述した場合
上記⑤と同様です。
相続放棄の錯誤無効
また、上記のほか、相続放棄の意思表示が錯誤無効と認められる場合は、相続放棄は無効となります。ただ、一般的に相続放棄の意思表示に錯誤無効が認められるケースはほとんどないものと考えられます。
4.相続放棄の取消しの手続
相続放棄の取消しは、相続放棄の申述と同様に、家庭裁判所に対する取消しの申述によって行います。
4-1.申立後、相続放棄が受理されるまでの間
相続放棄の申立後、相続放棄が受理されるまでは、一定の期間があります。相続放棄の申述は、受理されるまでの間であれば、自由に取消すことが可能です。相続放棄の申述が受理されていない以上、正確には相続放棄の申述の取消しではなく、「取下げ」となります。
4-2.相続放棄が受理された後
相続放棄が受理された後は、前述のとおり、家庭裁判所に対する取消しの申述によって行います。
5.相続放棄の取消しができる期間
家庭裁判所に対する相続放棄の申述の取消権は、追認をすることができる時から6か月間行使しないときは、時効によって消滅します。
また、追認をすることができる状態にならなくても、相続の承認又は放棄の時から10年を経過したときは、同様に時効によって消滅します。
6.相続放棄の取消しの効果
相続放棄の取消しが受理された場合、相続放棄をした相続人は、遺産分割協議の当事者となることができます。
ただし、相続放棄の取消しの受理自体は、取消しの法的効果を確定させるものではないため、後日他の相続人から相続放棄の取消しの効果が争われた場合は、裁判によって決着をつけることになります。
参考条文
民法
(後見監督人の同意を要する行為)
第八百六十四条 後見人が、被後見人に代わって営業若しくは第十三条第一項各号に掲げる行為をし、又は未成年被後見人がこれをすることに同意するには、後見監督人があるときは、その同意を得なければならない。ただし、同項第一号に掲げる元本の領収については、この限りでない。
(相続の承認又は放棄をすべき期間)
第九百十五条 相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。ただし、この期間は、利害関係人又は検察官の請求によって、家庭裁判所において伸長することができる。
2 相続人は、相続の承認又は放棄をする前に、相続財産の調査をすることができる。
(相続の承認及び放棄の撤回及び取消し)
第九百十九条 相続の承認及び放棄は、第九百十五条第一項の期間内でも、撤回することができない。
2 前項の規定は、第一編(総則)及び前編(親族)の規定により相続の承認又は放棄の取消しをすることを妨げない。
3 前項の取消権は、追認をすることができる時から六箇月間行使しないときは、時効によって消滅する。相続の承認又は放棄の時から十年を経過したときも、同様とする。
4 第二項の規定により限定承認又は相続の放棄の取消しをしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければならない。