目次
回答
株式の相続手続は、上場株式(証券取引所に上場している会社の株式)と、非上場株式(証券取引所に上場していない会社の株式)で、分けて考える必要があります。
上場株式の場合、株式を管理している証券会社や信託銀行が相続手続を代行しているため、証券会社や信託銀行の定める手続にしたがって、必要な書類等を提出する必要があります。
一方、非上場株式の場合、原則として、上場株式のように証券会社や信託銀行が間に入ることはなく、株式発行会社の規定する手続(定款や内部規定)にしたがって、必要な書類等を提出する必要があります。
不動産や預貯金の相続手続と比較して、株式の相続手続の特徴は、①相続人が証券口座を開設する必要がある点(既に証券口座をお持ちであれば、当該口座を使用できます)、②(特に上場株式の場合)株式の評価額が日によって変動する点にあります。
株式の相続手続に必要な書類は、一般的には相続関係のわかる戸籍謄本や相続人の印鑑証明書、遺言書、遺産分割協議書などがあります。ただし、遺言書や遺産分割協議書の有無等によって必要となる書類が異なるため、手続先の証券会社等に対し、あらかじめ確認の上、手続を進めることが大切です。
解説
1.株式と相続
相続財産に株式が含まれている場合、株式の相続手続が必要となります。株式の相続手続は、預貯金など銀行の相続手続と似ている面もありますが、異なる面もあります。
特に、上場株式の名義変更や売却をする場合、一旦相続人の証券口座に株式を移管してからでないとできないため、相続人が証券口座を開設する必要がある点には注意が必要です(既に証券口座をお持ちであれば、当該口座を使用できます)。
以下では、上場株式と非上場株式の相続手続、必要書類、手続の流れ等について、順に解説します。
2.上場株式の相続
上場会社の株式は、証券会社や信託銀行がその管理を行っているため、相続手続についても、証券会社や信託銀行の定める手続にしたがって、必要な書類を提出する必要があります。
現在の上場株式は全て電子化されているため、原則として紙で印刷された株券を証券会社や信託銀行に提出する必要はありません。
株券の電子化
株式の取引や管理を、安全かつ円滑に行えるようにするため、平成21年1月5日以降、全ての上場株式の株券(紙に印刷された株券)は無効とされました。それ以降、株主の権利は、証券保管振替機構(ほふり)と証券会社や信託銀行などの口座で電子化されて管理されています。
株券電子化までに、証券会社を通して証券保管振替機構(ほふり)に預けられなかった株券は、上場会社が、証券代行会社や信託銀行に株主の名義で開設した特別口座において管理されています。
この特別口座で管理されている株式を相続するには、特別口座から相続人名義の証券会社の取引口座へ株式を振り替える手続が必要で、信託銀行等に口座振替申請書等を提出することによって行います。
3.非上場株式の相続
非上場株式の相続は、原則として、上場株式のように証券会社や信託銀行が間に入ることはないため、株式発行会社の規定する手続(定款や内部規定)にしたがって、必要な書類等を提出する必要があります。
非上場株式の場合、上場株式と異なり、相続人が証券口座を有している必要はありません。当該株式発行会社の株主名簿の書換えが完了すれば、株式の相続手続は完了となります。
また、上場株式と異なり、定款で株券を発行する旨の規定を置いている会社は、実際に株券を発行している場合があります。その場合、当該株券は株主名簿の書換えの際や、後日株式を売却する際に必要となることから、無くさないように保管しておきましょう。
株式の譲渡制限に関する規定
株式の譲渡制限に関する規定とは、売買等の譲渡による株式の取得について、株式発行会社等の承認が必要とする旨の規定のことをいいます。
株式会社は、売買等の譲渡による株式の取得について、当該株式会社の承認を要する旨の定めを定款に設けることができます。当該譲渡制限のある株式のことを、譲渡制限株式といい、この制限を設ける場合は、その旨の登記をする必要があることから、会社の登記簿を確認することで、相続した株式に制限があるかどうかを確認することができます。
相続人等に対する売渡しの請求
そして株式会社は、相続その他の一般承継により当該株式会社の株式(譲渡制限株式に限る。)を取得した者に対し、当該株式を当該株式会社に売り渡すことを請求することができる旨を定款で定めることができます(会社法174条)。
小規模な会社においては、誰が株主であるかによって会社経営上大きな影響が生じ得ますが、上記売り渡し請求の規定を定款に設けることで、相続によって好ましくない株主が登場することを回避することができます。
売渡請求権が行使された場合には、株式を相続した株主(相続人等)は、株主となれない代わりに、相続した株式の売却代金を得ることになります。
4.株式の評価
現金や預貯金と異なり、株式はその価値を評価する必要があります。以下では、上場株式と非上場株式の評価について、その概略を解説します。
4-1.上場株式の評価
上場株式は、東証1部、東証2部、マザーズといった証券取引所に上場し、売買されているため、その取引価格(株価の終値)は証券取引所等が公表している情報から明らかです。したがって、その取引価格を基準に評価します。
4-2.非上場株式の評価
非上場株式は、上場株式のように客観的な取引価格がありません。そのため、国税庁の「財産評価基本通達」に基づいて評価することが一般的です。その際、 会社の規模や支配力を有する同族株主か否か等によって評価する方式が異なります。また、遺産分割で評価額に争いがある場合は、鑑定によって評価することも可能です。
5.株式の相続に必要な書類
株式の相続においては、遺言の有無や遺産分割協議の有無等によって必要な書類が変わります。以下で順に解説します。
なお、遺言書、遺産分割協議書、戸籍謄本及び印鑑証明書等の書類は、提出時に原本還付の申出をすることによって、通常は手続完了後に原本の還付を受けることができます。
5-1.遺言書がある場合
遺言書がある場合で、遺言書の内容から株式を取得する方が明らかである場合は、遺言書によって、相続手続を行います。なお、公正証書遺言以外の遺言書の場合は、家庭裁判所の検認手続を経ていることが必要です。
遺言書がある場合の一般的な必要書類は、以下のとおりです。
遺言執行者がいる場合
①遺言書(公正証書遺言以外の遺言書は、検認を経たもの)
②被相続人の死亡が分かる戸籍謄本等
③(受遺者となる相続人の)戸籍謄本
④(受遺者となる相続人の)印鑑証明書(発行後6か月以内のもの)
⑤(遺言執行者の)印鑑証明書(発行後6か月以内のもの)
⑥(遺言執行者が家庭裁判所で選任された場合)遺言執行者選任審判書謄本
⑦上記のほか、証券会社、信託銀行所定の届出用紙
遺言執行者がいない場合
①遺言書(公正証書遺言以外の遺言書は、検認を経たもの)
②被相続人の死亡が分かる戸籍謄本等
③(受遺者となる相続人の)戸籍謄本
④(受遺者となる相続人の)印鑑証明書(発行後6か月以内のもの)
⑤上記のほか、証券会社、信託銀行所定の届出用紙
5-2.遺産分割協議書がある場合
遺産分割協議が成立し、株式を取得する相続人が分かる遺産分割協議書がある場合は、遺産分割協議書に基づき、株式の相続手続を行います。
遺産分割協議書がある場合の一般的な必要書類は、以下のとおりです。
①遺産分割協議書
※法定相続人全員の署名捺印(実印)が必要です
②被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本等
③法定相続人全員の戸籍謄本等
④法定相続人全員の印鑑証明書(発行後6か月以内のもの)
⑤上記のほか、証券会社、信託銀行所定の届出用紙
5-3.遺言書も遺産分割協議書もないが、相続人間で手続の合意ができている場合
遺言書や遺産分割協議書がなくても、証券会社や信託銀行所定の様式に、法定相続人全員が署名捺印(実印)し、印鑑証明書等必要な書類を提出すれば、株式の相続手続をすることができます。
この場合の一般的な必要書類は、以下のとおりです。
①被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本等
②法定相続人全員の戸籍謄本等
③法定相続人全員の印鑑証明書(発行後6か月以内のもの)
④上記のほか、証券会社、信託銀行所定の届出用紙
※④につき、法定相続人全員の署名捺印(実印)が必要です
5-4.遺産分割調停や審判による場合
遺産分割調停や審判によって株式の相続手続をする場合、裁判所によって被相続人の死亡の事実や相続人の確定が行われているため、戸籍謄本や株式取得者以外の印鑑証明書が不要となります。
この場合の一般的な必要書類は、以下のとおりです。
①家庭裁判所の調停調書謄本または審判書謄本
※審判書謄本の場合は、確定証明書も必要です
②調停等によって株式を取得する相続人の印鑑証明書(発行後6か月以内のもの)
③上記のほか、証券会社、信託銀行所定の届出用紙
5-5.相続人の中に未成年者がいる場合(利益相反行為となる場合)
相続人の中に未成年者がいる場合で、親権者・未成年者がともに相続人となる場合や、同一の親権者の親権に服する複数の未成年者がいる場合(利益相反行為となる場合)には、上記の必要書類に加えて、以下の書類が必要となる場合があります。
①特別代理人の選任審判書謄本
②特別代理人の印鑑証明書(発行後6か月以内のもの)
5-6.相続人の中に成年被後見人等の判断能力を欠く者がいる場合
相続人の中に成年被後見人等の判断能力を欠く者がいる場合、家庭裁判所によって選任された成年後見人等が、被後見人である本人に代わって相続手続を行います。その場合、上記の必要書類に加えて、以下の書類が必要となる場合があります。
①成年後見等の登記事項証明書
②成年後見人等の印鑑証明書(発行後6か月以内のもの)
6.株式の相続の流れ
株式を相続した場合の大まかな流れは、以下のとおりです。上場株式と非上場株式で手続が異なるため、順に解説します。
6-1.株式の調査
上場株式の場合
上場株式の場合、被相続人がどのような株式を所有していたかを調べるため、郵便物、通帳の履歴等からあたりをつけ、取扱い証券会社や信託銀行に連絡します。
上場株式を保有している場合、株主総会の案内、配当金の支払い通知、年末の取引残高報告書等、証券会社や信託銀行からの郵便物は定期的にあることが多いため、調査は難しくはないと考えられます。
非上場株式の場合
一方、非上場株式の場合は、原則として証券会社や信託銀行を介さないため、上場株式のような案内等はないことが多いといえます。また、同族会社や中小企業の場合、株主総会を開催していないことも多く、開催していたとしても株主への通知や配当がなされることは多くありません。したがって、非上場株式の調査は、上場株式に比べて困難といえるでしょう。
もっとも、被相続人がオーナー株主又はそれに類する割合の株主であった場合は、相続人・会社ともに把握していることがほとんどであるため、そのようなケースでは調査は容易です。
反対に、被相続人が少数株主で住所が何度も変わっているような場合は、会社側も株主の現住所を把握できていないことがあります。そのような場合は、被相続人がどの会社の株式を所有しているかを発見することは、事実上困難です。
6-2.相続人名義の証券口座を開設
上場株式の場合
次に、相続人名義の証券口座の開設を行います。既に口座をもっている場合は、その口座を使用すれば構いませんが、持っていない場合は新たに口座を開設する必要があります。
相続した株式をすぐに売却したい場合でも、被相続人名義のままでは売却することはできません。被相続人名義の株式を、一旦相続人名義の証券口座に移管し、その上で売却することになります。株式をそのまま保有する場合でも、相続人名義の証券口座に移管する点は同じです。
非上場株式の場合
非上場株式の場合は、相続人名義の証券口座の開設は不要です。
6-3.相続手続書類の提出
上場株式の場合
証券会社に、前記必要書類を揃えて提出します。前述のとおり、遺言書や遺産分割協議書、戸籍謄本、印鑑証明書等の原本の還付を受けたい場合は、その旨明記して提出します。
非上場株式の場合
非上場株式の場合でも、株式の相続に必要な書類は概ね上場株式の場合と同様ですが、発行会社の定款や内部規定にしたがって、必要な書類を提出します。
6-4.保有又は売却
相続人名義の証券口座に株式の移管が終わった後は、相続人自身の株式として、そのまま保有しても売却しても構いません。
参考条文
会社法
(相続人等に対する売渡しの請求に関する定款の定め)
第百七十四条 株式会社は、相続その他の一般承継により当該株式会社の株式(譲渡制限株式に限る。)を取得した者に対し、当該株式を当該株式会社に売り渡すことを請求することができる旨を定款で定めることができる。